創作ごった煮
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何年ぶりかに実家に戻り、部屋の整理をしていた。妹が結婚して、嫁入りの形だったがこの家で同居するらしい。これで、ようやく、もういいかと思えるようになった。ほっとした。
部屋の荷物は、ひとつ残らず整理しきってしまうつもりだった。服も、本も、CDも、図工で作った何かの像も、流行っていたリストバンドも、すべて。
ほとんど中身を見ずに分別していくと、懐かしいアルバムが出てきた。中学の卒業アルバム。
箔押しの文字をなぞり、懐かしさにページを捲る。クラス写真、部活で撮った集合写真、委員会の写真。思っていたよりも写らなければならない部分が多い。思っていたよりも、たくさん写っている。
最後の寄せ書きのページは、あまりびっしり埋まっていない。ノリの良い少女に、クラスメイトに、それから。
厚手の紙の端に黒いサインペンで書かれた下手くそな字に手を止める。田賀。ばかみたいに短い、「今までありがとう。元気で」なんて、笑えてしまう。このとき、おれら、付き合ってたのにさ。
次のページが白紙なことは気づいてたのに、そのままめくってみる。と、レシートみたいな紙切れひらり。縦長に裂かれたそれ。薄れた文字を読み取って、ようやくそれがごみじゃないことに気がついた。
略式結婚証明書。
今は神父も居なくなった教会の、裏の、ふざけた自販機。おれたちはそれに、今までの思い出をつぎこんで、安っぽい指輪を手に入れたのだ、かつて。
高校は寮に入って、荷物にそれは入れなかった。ならば、まだこの部屋に残ってるのだろうか。アルバムのあった場所には、セットみたいに白い箱が埃を乗せている。たぶんマグカップあたりの、片手で持てる白い箱。
田賀とはあれから一度も会っていない。噂も届かない。生きているのかもわからない。持ち上げた箱からカラカラ音がする。蓋を開けると、インターネット通販の梱包みたいな余白がぎっしり、中身はみっつ。
ひとつ、制服のボタン。第二ボタン。
ふたつ、みっつは正にそれ、指輪。
プラスチックの安っぽい一揃いを取り出そうか迷って、触ったら壊れてしまいそうでやめた。そんなに劣化が早いわけもないのに、おれと田賀が過ごしたより多い夏と冬を越えているから。
持っていくつもりはない、から、捨てる。……捨てる?
細分化されはじめたごみ出しのプラスチック専用袋を引っ張って、キャラクターの描かれたペン立てなんか見て、少しだけためらう。すっかり忘れていたくせに、大切にしてなかったくせに、思い出しては捨てられないのか。箱をさかさまにするだけなのに思い切りがつかなくて、いやな感傷を覚えながらとりあえずのけておいた。同じ時期の同じ記念品でも、アルバムは紙ゴミに紛れさせられる。
そうしてひととおりゴミをまとめてしまって、ほとんど最後に残った例の指輪。時間をかけても決心がつかなかった。
ためらうなら捨ててしまえ、と思う。思うだけだ。捨てたくないというのとも違う、お守りをゴミに出すように「間違ったことをしている」という気がひしひし。どうしよう。
薄暗くなった部屋でそれをじっと見ていて、ふと納得した。ちゃちで安っぽくて実際に安い、取るに足らないただのプラスチックの輪っかだけど、これは結婚指輪だったのだ。
しばらく考えて、埋めよう、と思った。心情的には埋葬、実質的には不法投棄だ。墓を作るなら教会だろう。あの、自販機のそばの。
思い立ったが吉日と、箱を掴んで外に出る。靴はスニーカーひとつしか持ってこなかったから靴下を履く。昔より街灯が増えた気がする、減った気もする。いまの街より暗いことだけは確か。出がけ、プランターに突き刺さったままの塗装が剥げたスコップを持って、歩く人のない道を行く。車だけがたまに横を通り過ぎる。
辿り着いた結婚自販機は、ふざけて使う人も居なくなったか、止まって土を被っていた。落ち葉が枯れ、蜘蛛が巣を張っている。この中には、誰の証明にもならなかった対がいくつ残ったままなのだろう。虫がジイジイ鳴いている横を掻き分けて、地面を突き刺した。小さい頃はこの鳴き声をミミズだと思っていた。誰にそう教えられたんだったか、向こうで聞くことはあまりない。
意外と固い土を掘り返したのは拳がひとつ収まるくらい。雨で流れ出てしまうだろうか、穴に箱をひっくり返す。からからぶつかり合いながら中身が転がって、底に付いたと同時に土を元に戻した。少しずつ念入りに固めて、最後に体重をかけて踏みしめる。
これが墓なら、死者を足蹴にした、なんて、罰が当たりそう。両親の望む子どもの顔も見せられず、それどころか一方的に縁を切って逃げてしまおうなんて考えてる不孝者に、道徳の時間はイマサラ遅すぎるかもしれない。笑って、むき出しの土をもう一度軽く叩き、葬儀を終わりにする。
帰り道は過ぎった記憶に任せて、一昔前ふたり並んだ道を選ぶ。ふたりともにとって少し遠回りで、あいつよりおれの家に近い道。最後に別れた場所が見える。そう、自販機が並んでて、ひとつ買ってとりとめない話を……。ぼんやり薄れた記憶を思い返して、ふいに足を止める。自販機の薄暗がりに立っている背を向けた男、少年、あれは。
ぎょっとして目を凝らす。
でもそこには何も居なくて、近くの小学校作の看板があるだけだった。自販機に、あのころ飲んでた缶が今も並んでいた。
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