創作ごった煮
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ぐす、すん。ひっく。
南向きの窓からは傾いた太陽の光は入らず、ただ薄暗いのみだった。
ランドセルを取りに来たシラキは、教室の中央あたりの席に座って頬杖をつくクラスメイト、千鳥を一瞥して、声をかけずに教室の戸を開けた。暗くなっていて、電気をつけるべきか悩んだものの、完全下校時刻はもうすぐだし、書き物や読み物をしているわけでもない。ただ、離れた窓を見て、泣いているだけだ。必要ないだろうと結論付けた。
「ねー、このこ、泣いてるー」
それなのに、ふと知った声が聞こえて、シラキは教室を振り向く。幼い声は、千鳥の顔をのぞき込むように立っていた。高い位置でくくられた二つ結び。千鳥もクラスでは背が低い方だが、幼いユキちゃんはもっと低い。それでも座った千鳥と目線は同じくらいで、ユキちゃんは少し体を曲げて千鳥の涙を見ていた。
ぐす、くすん。
鼻をすする音が、閑散とした教室ではよく聞こえた。
「ほっとくの?シラキくん、クラスメートでしょー、つめたあい」
舌足らずな甘い声に、小さく溜め息。ユキちゃんを置いて帰るわけにもいかない。
3階の廊下に人は居なくて、どこかの水道から水が落ちる音がしていた。
「……どうか、したの」
呟くような声だったけれど、静かな今はよく通った。千鳥は友人でもない、話したこともないシラキに話しかけられるとは思っていなかったのか、ゆっくりと体を起こした。形の良い眉が寄せられて、頬杖を付いていた右頬は赤くなっていた。吊りあがった猫のような目は潤んでいて、目尻に涙が溜まっている。小さな嗚咽に見合って、その滴はまだ流れ出していないようだった。
「あんたに、関係ないでしょ」
堅い声で、千鳥はシラキを睨みつけた。震えた声だった。
ユキちゃんは、千鳥の隣から、にこにこと笑いながらこちらを見ている。カバーのついた黒いランドセルを背負いなおして、壁にもたれて腕を組んだ。薄暗い教室にも廊下にも、影を作る光はない。日が暮れてしまう。
「うふふ、シラキくん、このこ、うそなきだよ」
「……そう」
淡泊に答えて、楽しそうなユキちゃんを見る。一体、どうやって嘘泣きだとわかるのだろうか。経験が足りないのか?視線があって、ぱっちりとした目が瞬いて、にっこりと笑顔を向けられた。それに笑顔を返すことはない。
なにがしたかったのかシラキが理解するよりも早く、ユキちゃんは彼女への興味を無くしたらしい。てこてこと擬音がつきそうに、小走りで隣に並んだ。
「もう、誰も居ないよ」
そういえば、今日は運動場で遊ぶ声もしていない。かえろ、くすくすと笑うユキちゃんの手をとって、教室に背を向けた。ぴちゃん、中途半端に開いた蛇口は、もうすぐ閉じられるだろう。
低くなった太陽は、廊下の突き当たりの窓から真っ直ぐに光を差し込めていた。廊下ばかりが明るくて、教室はやはり暗い。それでも足下に影ができているのを見て、シラキは目を伏せた。
「あんたと二人なんてとこ見られたらやだし、さっさと帰れよ」
急に強くなった語気に、今更驚きはしない。もともと、慰めたかったわけではない。
横にいるユキちゃんをちらりと見やると、横で楽しそうに笑顔を浮かべていて、シラキの足下には西日でできた影が伸びていた。
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