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創作ごった煮
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 手に持った肉まんが熱くて、まちるの買ったアイスをひとくち貰う。こんな人畜無害な顔をして、まちるは意外と嫌いなものが多い。ウキのことはだいたい何でも許すけれど、まちるは親しくない相手にこうやって一口渡すのも、きらいだ。ウキは一口もらったからといって、代わりに肉まんをあげようとはしない。これも、甘いものを食べてるときに口直しみたいに甘くないものを食べるのが嫌いだと知ってのことだ。冷たい冬の風が、春の暦を無視している。ウキはぶるりと肩をすぼませ、マフラーの位置を直す。
「桃のにおいがする」
 まちるが唐突に言ったので、ウキはスンと音をたてて空気の匂いを嗅いだ。……?「わかんない、」不服な気分で四方に鼻を動かすが、やはり何の匂いもしない。冬の夜の冷え切った空気で鼻が痛くなるだけだ。
「ウキ、鼻悪くなったんじゃない」
「そんなことない、まちるの嗅覚がへんなんだよ」
「そうかなあ。」
「ぜったいそう、花の匂いもしないもん。肉まんのにおいしかない。」
 それは肉まん食べてるからだよ、まちるは笑った。ウキの口元には白く息が見えるのにまちるのそれはない。こんな冬に、アイスなんて食べるから。中途半端な田舎では、深夜営業の店が遠くに見える。湿気が少なくても、排気ガスやら見えない汚れがたくさんある。遙かできらきら光る明かりが、霧めいて濁る。ウキは、竜宮城を思い出していた。あそこでは、時間を忘れて人々が踊り歌っている。それならここは海だろうか。まちるとウキは、サカナだろうか。車の一台もない道路で、二人律儀に信号を守って止まる。肉まんのごみはまちるが預かった。くるま、くるま、歩行者の順に切り替わるいつもの信号で、今はまだひとつめの車用信号。
 ただ待っているのも暇だったので、ウキはまちるの手をとった。まちるの手は指が長くてきれいだ。そのせいかは知らないが、まちるは手袋も嫌っている。ウキは指が丸くて短いから、手袋の指先がよく余る。買ってもらったミトンの手袋は、微妙なピンク色だったけれどお気に入りだ。
 ぶあつい手袋の布越しで、まちるの手が冷たいかどうかもわからない。
 まちるが突然ウキの髪に鼻をうずめた。嫌なこともないので、頭を動かさずに目だけで様子をうかがう。車が一台だけ走り抜けてゆく。
「……どうしたの?」
 ぽーぽーぴー、歩行者用の信号に変わってもまちるが動かないで、また信号が変わってしまったので仕方なく尋ねる。ウキはこうやって時間を少しずつ無駄に過ごしたりするのが得意だし好きだが、まちるは無駄に過ごす時間もまとめてとるほうが多い。頭のうえでスーハーと深呼吸がされる。灰色に染めたウキの髪が、街灯で白くみえる。
「桃のにおい、ウキかと思って。」
「桃のシャンプー使ってないよ」
「知ってる。整髪料とかも使ってないしなあ。」
「女子力がにじみ出たかな。」
「違ったから大丈夫。」
「ええーざんねん。」
 じゃあ何のにおいだったのかなあ。ウキの言葉にさあ、と答えて、まちるは今度は信号が変わるのをじっと待つ。冷たい空気のせいでウキは頬が痛いというのに、まちるはいつもと変わらない顔をしている。筋肉も、皮下脂肪もたいしてないくせに。もう一台だけ車が通ったあと、歩行者用の信号が青になる。高いわりに耳障りじゃない信号の音がウキはわりと好きだった。歩き出すときには二人自然に手を離す。歩くときに手を繋ぐのが歩きにくくてきらいなのは、まちるではなくウキだった。
 歩き出したとき、果物の甘い匂いが鼻をかすめたが、一瞬で失ったのでウキは黙っていることにした。まちると同じ匂いを嗅いだのかはよくわからなかった。





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