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創作ごった煮
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「『君と出会わなければ、こんな焼け付くような醜い感情を知ることはなかったのに!』」

突然あげられた声に、まちるは洗い物をする手を止めてウキを見た。半笑いの、情感をたっぷり込めた台詞。
いったいどうしたんだか。
視線に気付いたウキは、にっこり笑って読んでいた本を掲げて見せた。

「もらったの。嫉妬にまつわる短編集。七つの大罪のうち、『君に出会って始めて嫉妬を知ってしまった!』」

今度は見られているからか、おおきな手振りまで付けて読み上げる。ウキはほとんど家から出ないくせに、そんな本を寄越す知り合いばかり作ってくる。
なかば呆れた気持ちで洗い物を再開したことにウキは文句も言わずに、テレビを付けた。本は読み終わったのかどうか、短編集を途中まで読んで放置するものだから、栞が足りなくなって、広告を千切った紙片を挟むのだ。まちるが開くと落ちてきて、本の端から脱落したそれは栞としても役立たないただのゴミだ。

食器を拭き終えたころ、ウキは丸い目をにんまりとさせて、ソファに座るまちるを見つめた。

「まちるも嫉妬を覚えた?」

──ウキと出会って?
言われて、今までの記憶を辿る。ウキと出会う前、出会った後、それから。
二人とも酒類を好まないから、片手には麦茶。ペットボトルのそれは、テレビで健康に良いとか言っているのを見たウキが常備するようになったものだ。
一口二口飲む間に考えて、白旗。彼女はいつもこの部屋に居て、ほとんど外に出ないというのに。

「嫉妬をする相手が浮かばない」

うむむ。唸って捻り出しても、やっぱり思い浮かばない。
そもそも、ウキに出会う前から嫉妬くらい知っている。色恋でなくとも、自分より頭が良いとか足が早いとか、褒められてるとか。何度も嫉妬してきた。彼女と過ごしてそんなふうに強い熱量を持ったことがないかもしれないなあ、と、またよく冷えた麦茶で温度を下げる。

「ええー、わたしだって知り合いいっぱいいるよ?」
「小学生とか?」
「も、だけど。嫉妬しないの? つまんない」
「って言われてもなあ。七つの大罪ねえ」

嫉妬とあとは高慢、貪欲、暴食、色欲、憤怒と、あとはなんだったか?
ああ、そうだ。まちるは頷いた。ウキと出会って初めて知ったというなら、それだろう。
ソファを背に床に座っていたウキが、ころんと床に倒れこむ。そこからだとテレビが見えないらしく、机の上の物を移動させ、その体勢を保とうとしていた。
まちるは元々あまり床に座る生活をしてこなかったし、当然床に寝そべることもなかった。しかし、ウキがこういうふうにリラックスしているのはとてもいいと思う。
ふっと笑って麦茶を机に置くと、それもどうやら視界の邪魔になったらしい。机の端に移動されてしまった、ついでにひとくち。ああ、怠惰だなあ、と思って、それが心地よいのだから、やっぱり変な熱量はいらないと結論付けた。





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部屋の中は外と変わらない寒さだった。閉められっぱなしのカーテンが揺れて、部屋に夜を引き込んでいる。まちるはコートもマフラーもそのままに、フウと息を吐いた。目の前が白く濁る。荷物だけをソファに置いて、まっすぐ窓に進んだ。
厚いカーテンの向こうにも、灯りはもれていたらしい。ぼんやりとしたそれを雪が反射して、いつもの夜よりは明るかった。それでもウキの髪の灰色が浮かび上がるほどには、暗い。
帰ってきたことには気がつかなかったのだろう、ベランダに顔を出してようやくウキはこちらを向いた。白い肌が寒さに赤く染まっている。
見慣れない薄ピンクのコートにしばらく視線をやって、そういえば一昨年買っていたと思い出す。まえの冬は寒かった。今冬は暖かい日が多かったし、ウキも晴れた昼間しか出かけなかったから、一年ぶりにお披露目となったのだろう。
コートの下はいつもと同じスウェットだ。ロングコートの前は閉じてあるけれど、パジャマに使っているそれと同じズボンがよく見える。厚手の靴下にゴムのサンダルが不釣り合いだ。けれど、靴下を履いただけえらい、とまちるは思った。

「ただいま」
「おかえり、まちる。転んだ?」
「一応雪用の長靴履いていったから、へいき。寒いでしょう、雪遊びはおわりにしよう」
「そっか。転ばなかったんだ」
「転んでほしかったの」
「まさか!」

言いながら、ウキはまたベランダに積もった雪を掻き集める。おわりにしようといった言葉は聞かなかったことにするらしい。ちゃんと雪用の手袋だからまあいいか、とそれも許して、まちるはベランダに視線をやった。
広くないベランダの手すりには、雪だるまが五体。どこに南天があったのか、赤い目をした雪うさぎもいる。いくらよく降ったからといって、ベランダに入る量より雪が多いような気がする。アパートの下に行って集めてきたのか、それなら下で遊べばいいのに。
ウキは人目があるからといって遊べない人間ではない。子供がいる公園でブランコにも乗れる。今日の雪はまだ軽いものだが、水なりの重さはあっただろう。
頬の赤みからしても、雪だるまの数からしても、作り始めたのはそんなに前じゃあない。もう少ししたら終えるだろうと、まちるはベランダには出ずに部屋に戻った。開け放していた窓を閉めて、暖房をつける。自分の防寒具を外しながらそのままキッチンに向かって、冷蔵庫を開けた。
電子レンジが音を鳴らす前に、ウキは窓から戻ってくる。予想以上に早かったことにまちるは思わず相好を崩す。まだ、一分も経っていない。

「締め出すなんてひどい」
「部屋が暖かいほうがいいかと思って」
「まあ、それはそうだけど。ベランダに取り残されたときの寂しさをまちるはわかってない!」
「狭いし、外だし、暗いし?」
「それに寒いし!」

温まった牛乳に、はちみつを落とす。はちみつは寒さですっかり白く固まっていたけれど、べつに味に変わりはない。スプーンでくるくるかき混ぜて、自分のほうにはインスタントコーヒーをそのままいれた。てきとうなカフェオレとホットミルクを両手に、暖房の風が当たるように立つウキに近寄る。
ウキはマフラーだけを外して、ソファに放り投げていた。雪のついた手袋は、ちゃんとはらわれずに手を濡らしている。ミトン型のそれのままでは、マグカップを落とすかもしれない。
まちるは一旦テーブルにカップを置いて、少しでも温まろうと両手を広げている彼女の片手をとった。手袋を脱がすと、雪を触っていた手はひどく冷たくなっていた。
と、言っても、ウキは冷え性なので、雪に触らなくてもこれくらい冷たいことがある。もう片手も同じように脱がしてやって、マグカップを渡した。きちんと動かせるようだ。かじかんでもいない。

「ありがとう、まちる」
「ココアがよかった?」
「んーん、ホットミルクがよかった。」
「それならよし」

まちるも自分のカフェオレを片手に、ウキのマフラーを拾った。紺色のニットマフラーは、まちるのもののような気がする。まちるのものはウキのものでもあるから、どうでもいいけれど。
それを定位置のハンガーに吊り下げて、まっすぐ風呂場に向かう。ボタンひとつで風呂を入れられるのだから、カフェオレを飲む片手間でできる。脱衣所にカップを置いて、風呂にお湯を張りはじめる。
そこまで冷え切ってはいないようだったけれど、早くあたたまるに越したことはない。夕食よりも先に入ってもらおう。
部屋に戻る頃には、カップはすっかり空になった。温度のあがりはじめた部屋で、猫舌のウキはまだミルクを舐めている。それが終わるころには風呂も沸くだろう。
中途半端に開いたカーテンを閉めようと窓に近づくと、手すりに乗った雪だるまはいくつか転んで崩れていた。








トン、と机に置かれた箱に、洗い物から戻ったまちるは視線を向けた。プレッツェルにチョコレートをつけた菓子。そういえば今日は11月11日だった、置いてあるのはポッキーではなくコンビニメーカー製のチョコレートプレッツェルだけれど。
「食べるの?」
「ポッキーゲームしよ。」
「ポッキーゲーム?」
「知ってるでしょ?」
「知ってるけど。」
今さらキスしそうな距離感にドキドキするような間柄ではないと思うのだけど、首を傾げるとウキはわざとらしく「もー」と頬を膨らませた。
「イベント事には積極的に乗っかっていくの!だからはい!咥えて!」
「んむ」
「じゃあいきまーす」
「んー。」
咥えた逆側、チョコレートのついてない部分をウキが口に含む。かり、かりとかじる速度にあわせてこちらからも食べ進む。口を尖らせて視線だけを下に向ける彼女。
ポッキーゲームは、折ったら負けなんだっけ。キスしたら負けなんだっけ。折られたら勝ち?
両端から食べていくというルールは知っていても、そういえば勝ち負けはよく知らない。止まっても負け?そもそも勝ち負けのあるゲームなのかすら定かではない。
かりかりかりと細かく食べ進め、あと数センチまで近寄る。顔がいくら近くなろうと羞恥心はないので、このままキスしてしまってもいいかなあと考えたところでウキが視線を上げた。ウキは睫毛の色素も少し薄い。猫のようないたずらな目つきをして、ふふんと鼻で笑った。ぱきり、とプレッツェルが折れる。口に残ったプレッツェルをもぐもぐと食べ、飲み込んでもウキは顔を離さない。
「キスしたいと思ったでしょお。」
「あわよくば。」
「まちるの負けー。」
「どういうルール?」
「勝負を投げたので負けです。」
「なるほど」
「では第ニ戦。口を開けてくださーい」
「まだやるの?」
「まだ入ってるもの。」
なにが楽しいのかいまいちよくわからないのだけれど、ウキが楽しいならいいか。ぱかり口を開けてプレッツェルを向けられるのを待つ。しかしウキは顔を離さずに、いっそう近づけて唇をあわせた。
しばらくいつものようにちゅっちゅっとキス。ウキはにっこりと笑った。
「ご期待に応えてみました」
「ウキもしたかったんでしょう?」
「んふふ」
「ふふ」
「ふふふー」











 手に持った肉まんが熱くて、まちるの買ったアイスをひとくち貰う。こんな人畜無害な顔をして、まちるは意外と嫌いなものが多い。ウキのことはだいたい何でも許すけれど、まちるは親しくない相手にこうやって一口渡すのも、きらいだ。ウキは一口もらったからといって、代わりに肉まんをあげようとはしない。これも、甘いものを食べてるときに口直しみたいに甘くないものを食べるのが嫌いだと知ってのことだ。冷たい冬の風が、春の暦を無視している。ウキはぶるりと肩をすぼませ、マフラーの位置を直す。
「桃のにおいがする」
 まちるが唐突に言ったので、ウキはスンと音をたてて空気の匂いを嗅いだ。……?「わかんない、」不服な気分で四方に鼻を動かすが、やはり何の匂いもしない。冬の夜の冷え切った空気で鼻が痛くなるだけだ。
「ウキ、鼻悪くなったんじゃない」
「そんなことない、まちるの嗅覚がへんなんだよ」
「そうかなあ。」
「ぜったいそう、花の匂いもしないもん。肉まんのにおいしかない。」
 それは肉まん食べてるからだよ、まちるは笑った。ウキの口元には白く息が見えるのにまちるのそれはない。こんな冬に、アイスなんて食べるから。中途半端な田舎では、深夜営業の店が遠くに見える。湿気が少なくても、排気ガスやら見えない汚れがたくさんある。遙かできらきら光る明かりが、霧めいて濁る。ウキは、竜宮城を思い出していた。あそこでは、時間を忘れて人々が踊り歌っている。それならここは海だろうか。まちるとウキは、サカナだろうか。車の一台もない道路で、二人律儀に信号を守って止まる。肉まんのごみはまちるが預かった。くるま、くるま、歩行者の順に切り替わるいつもの信号で、今はまだひとつめの車用信号。
 ただ待っているのも暇だったので、ウキはまちるの手をとった。まちるの手は指が長くてきれいだ。そのせいかは知らないが、まちるは手袋も嫌っている。ウキは指が丸くて短いから、手袋の指先がよく余る。買ってもらったミトンの手袋は、微妙なピンク色だったけれどお気に入りだ。
 ぶあつい手袋の布越しで、まちるの手が冷たいかどうかもわからない。
 まちるが突然ウキの髪に鼻をうずめた。嫌なこともないので、頭を動かさずに目だけで様子をうかがう。車が一台だけ走り抜けてゆく。
「……どうしたの?」
 ぽーぽーぴー、歩行者用の信号に変わってもまちるが動かないで、また信号が変わってしまったので仕方なく尋ねる。ウキはこうやって時間を少しずつ無駄に過ごしたりするのが得意だし好きだが、まちるは無駄に過ごす時間もまとめてとるほうが多い。頭のうえでスーハーと深呼吸がされる。灰色に染めたウキの髪が、街灯で白くみえる。
「桃のにおい、ウキかと思って。」
「桃のシャンプー使ってないよ」
「知ってる。整髪料とかも使ってないしなあ。」
「女子力がにじみ出たかな。」
「違ったから大丈夫。」
「ええーざんねん。」
 じゃあ何のにおいだったのかなあ。ウキの言葉にさあ、と答えて、まちるは今度は信号が変わるのをじっと待つ。冷たい空気のせいでウキは頬が痛いというのに、まちるはいつもと変わらない顔をしている。筋肉も、皮下脂肪もたいしてないくせに。もう一台だけ車が通ったあと、歩行者用の信号が青になる。高いわりに耳障りじゃない信号の音がウキはわりと好きだった。歩き出すときには二人自然に手を離す。歩くときに手を繋ぐのが歩きにくくてきらいなのは、まちるではなくウキだった。
 歩き出したとき、果物の甘い匂いが鼻をかすめたが、一瞬で失ったのでウキは黙っていることにした。まちると同じ匂いを嗅いだのかはよくわからなかった。





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