忍者ブログ
創作ごった煮
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。





部屋の中は外と変わらない寒さだった。閉められっぱなしのカーテンが揺れて、部屋に夜を引き込んでいる。まちるはコートもマフラーもそのままに、フウと息を吐いた。目の前が白く濁る。荷物だけをソファに置いて、まっすぐ窓に進んだ。
厚いカーテンの向こうにも、灯りはもれていたらしい。ぼんやりとしたそれを雪が反射して、いつもの夜よりは明るかった。それでもウキの髪の灰色が浮かび上がるほどには、暗い。
帰ってきたことには気がつかなかったのだろう、ベランダに顔を出してようやくウキはこちらを向いた。白い肌が寒さに赤く染まっている。
見慣れない薄ピンクのコートにしばらく視線をやって、そういえば一昨年買っていたと思い出す。まえの冬は寒かった。今冬は暖かい日が多かったし、ウキも晴れた昼間しか出かけなかったから、一年ぶりにお披露目となったのだろう。
コートの下はいつもと同じスウェットだ。ロングコートの前は閉じてあるけれど、パジャマに使っているそれと同じズボンがよく見える。厚手の靴下にゴムのサンダルが不釣り合いだ。けれど、靴下を履いただけえらい、とまちるは思った。

「ただいま」
「おかえり、まちる。転んだ?」
「一応雪用の長靴履いていったから、へいき。寒いでしょう、雪遊びはおわりにしよう」
「そっか。転ばなかったんだ」
「転んでほしかったの」
「まさか!」

言いながら、ウキはまたベランダに積もった雪を掻き集める。おわりにしようといった言葉は聞かなかったことにするらしい。ちゃんと雪用の手袋だからまあいいか、とそれも許して、まちるはベランダに視線をやった。
広くないベランダの手すりには、雪だるまが五体。どこに南天があったのか、赤い目をした雪うさぎもいる。いくらよく降ったからといって、ベランダに入る量より雪が多いような気がする。アパートの下に行って集めてきたのか、それなら下で遊べばいいのに。
ウキは人目があるからといって遊べない人間ではない。子供がいる公園でブランコにも乗れる。今日の雪はまだ軽いものだが、水なりの重さはあっただろう。
頬の赤みからしても、雪だるまの数からしても、作り始めたのはそんなに前じゃあない。もう少ししたら終えるだろうと、まちるはベランダには出ずに部屋に戻った。開け放していた窓を閉めて、暖房をつける。自分の防寒具を外しながらそのままキッチンに向かって、冷蔵庫を開けた。
電子レンジが音を鳴らす前に、ウキは窓から戻ってくる。予想以上に早かったことにまちるは思わず相好を崩す。まだ、一分も経っていない。

「締め出すなんてひどい」
「部屋が暖かいほうがいいかと思って」
「まあ、それはそうだけど。ベランダに取り残されたときの寂しさをまちるはわかってない!」
「狭いし、外だし、暗いし?」
「それに寒いし!」

温まった牛乳に、はちみつを落とす。はちみつは寒さですっかり白く固まっていたけれど、べつに味に変わりはない。スプーンでくるくるかき混ぜて、自分のほうにはインスタントコーヒーをそのままいれた。てきとうなカフェオレとホットミルクを両手に、暖房の風が当たるように立つウキに近寄る。
ウキはマフラーだけを外して、ソファに放り投げていた。雪のついた手袋は、ちゃんとはらわれずに手を濡らしている。ミトン型のそれのままでは、マグカップを落とすかもしれない。
まちるは一旦テーブルにカップを置いて、少しでも温まろうと両手を広げている彼女の片手をとった。手袋を脱がすと、雪を触っていた手はひどく冷たくなっていた。
と、言っても、ウキは冷え性なので、雪に触らなくてもこれくらい冷たいことがある。もう片手も同じように脱がしてやって、マグカップを渡した。きちんと動かせるようだ。かじかんでもいない。

「ありがとう、まちる」
「ココアがよかった?」
「んーん、ホットミルクがよかった。」
「それならよし」

まちるも自分のカフェオレを片手に、ウキのマフラーを拾った。紺色のニットマフラーは、まちるのもののような気がする。まちるのものはウキのものでもあるから、どうでもいいけれど。
それを定位置のハンガーに吊り下げて、まっすぐ風呂場に向かう。ボタンひとつで風呂を入れられるのだから、カフェオレを飲む片手間でできる。脱衣所にカップを置いて、風呂にお湯を張りはじめる。
そこまで冷え切ってはいないようだったけれど、早くあたたまるに越したことはない。夕食よりも先に入ってもらおう。
部屋に戻る頃には、カップはすっかり空になった。温度のあがりはじめた部屋で、猫舌のウキはまだミルクを舐めている。それが終わるころには風呂も沸くだろう。
中途半端に開いたカーテンを閉めようと窓に近づくと、手すりに乗った雪だるまはいくつか転んで崩れていた。




PR
この記事にコメントする
Name
Title
Color
E-Mail
URL
Comment
Password   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
ブログ内検索
カレンダー
05 2025/06 07
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
プロフィール
HN:
花 しみこ
HP:
最新コメント
アクセス解析

Template "simple02" by Emile*Emilie
忍者ブログ [PR]