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創作ごった煮
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男性同性愛。
優しくない別れ話。




「先生は異性愛者でしょう」

灰色のカーテンに光が透けて部屋に取り込む。じっとりと吸い付く汗ばんだ肌。筋肉のついたおれの腕と、骨張った先生の腕。
オンナノコみたいに白くもなければ、滑らかでもない。どっちもふつうのオトコの腕で、筋が浮いていて爪は丸い。同じ系統の違う腕は、遮るものなくぴったりとくっついていた。
腕だけじゃない。
胸も腹も脚も、くっつけるところなら全て。運動後の火照りを冷まさぬように固い隙間に閉じ込めている。
何度も繰り返し重ねられた体温、それはきちんと恋人の名目を掲げた上で行われる行為のはずだった。
おれが崖から飛び降りるような気持ちで告白したとき、この人に恋人はなく、指輪もなかった。今もそう。そして告白を受けた先生は、おれを受け入れてくれた。
節くれだった指が交互にまぐわう。おれの手のひらのほうが硬くて、先生のほうが大きい。生温い体温を分け合っていたはずが、いつの間にかおれの手は冷たくなっていた。

「異性愛者? 違う、両性愛者だよ。じゃないときみとこんな関係にはならないだろう?」
「こんな関係って?」
「恋人。異性愛者は男とセックスしたりしないよ。」

笑えてしまう。
恋人。恋人だって?
この人の優しさは偽善だった。偽善のなにが悪いか、かれのそれは薄っぺらすぎて鋭さを持っていたのだ。
おれは笑った。自嘲もあったけれど、ただ笑えてしまったというのが正しかった。

「恋人の居る男は婚活パーティーに行きませんよ。」

ぴくりと身体が動く。密着した身体は動揺をすぐに伝えてきた。先生のほうが、すこし離れた。
風の音がする。表の道を歩く子どもの声、それから宥める母親と笑う父親。
先生は困ったように笑った。薄っぺらい優しさを折り込んで、端を内側に隠した、それを当然と思う笑み。然るべきこと。

「私もこの歳だから、婚活でもしてないと怪しまれるだろう? ちゃんと君のことは好きだよ。安心しなさい」

怪しまれる。
ああ、もう、やっぱり異性愛者なんだろうなあ、と思った。おれはどうしようもなくこの人のことが好きだけど、別れなきゃいけないのかなあ。
頭が痛くなってきた。縛って捨てたゴム、使いかけの箱、それからこのソファベッド、いろんなものを追い出したかった。おれのものがひとつもないことは救いだった。追い出せなくても逃げ出せる。空いていた隙間に手を置いて、起き上がって服を着る。
汗をかいたそのままだからきもちがわるい。シャワーでは足りない。買い貯めた入浴剤を使おう、北欧の森から届いたナントカなんて書いてあるやつ。かわいらしいパッケージ。買うのは恥ずかしくなかった。でもきっと先生は恥ずかしいからやめろと言う。
わかれましょう、口をついて出ていた。先生は眉を寄せた。

「なぜ?」
「なぜも何も、おわかりでしょう」
「わからないから聞いているんだ。なぜ、私が、君に別れを告げられなきゃいけない?」

折り紙が開かれる。薄っぺらな鋭さに、おれはわざわざ指を滑らそうとしている。
苛立っていた。
戸惑うでも、悲しむでもなく。先生は苛立っていた。羽織っただけのシャツのボタンを、下から順にとめてゆく。
思ったこと、感じたこと。どこまで口にしようか迷って、無難に「婚活パーティーに行ったからです」と答えた。

「婚活パーティーに行くってことは、遅かれ早かれ、あなたは結婚して子どもをつくるつもりがあるんでしょう」
「それが普通だろう?」
「それが普通だと思うんですか?」

嫌な言い方をしている自覚はあった。先生は身体を起こして顎をあげる。

「別れてどうするんだ? 子どもも作れない、結婚もできない、きみみたいな人間が人の優しさを蔑ろにできると?」

靴紐を結ぶ。いちいち脱ぐときに紐を解くのはこういう時に手間がかかる。
燃えるごみの日が明日でよかった。蓋のないごみ箱を蹴り飛ばしたい気持ちをどうにか抑えられる。
返事をしないでいると、先生はおれの腕を掴んだ。

「別れてやるのは構わないさ、でもよく考えてみるといい。君みたいな可哀想な人間に付き合ってくれる優しい相手がどれだけ居るか」
「どれだけでも居ますよ」

このひとのことが好きだ。好きだった。
可哀想な人間だと思われてても、そんな可哀想な人間にも慈悲深いと自己陶酔するために使われてても、それでも良いと思ってた。おれとの付き合いを隠すのだって、バレたら変に思われるだろうなんて言われたって。
無理矢理に腕を振り払うと、ひっぱられたシャツの袖からボタンが飛んだ。床を転がって見失う。
なんだってよかった、このひとがおれの『恋人』で居てくれるなら。
でももう違う。きっと初めから違ってた。
振り返って笑う、折り紙よりは分厚い張りぼて。先生はじっとこちらを見つめていた。その目に熱がこもっていたことはかつて?

「ありがとうございました、いままで」

お恵みを、と言いかけてやめる。お恵みを頂けて。嫌味がすぎる。このひとの偽善によろこんで騙されていたのはおれだ。指を切るまで無視していたのはおれなのだ。立ち上がると前ボタンがひとつずれているのに気付いたけれど、そのままにしておく。転がったボタンは棚の下にでも入り込んでしまったのだろうか。
なにひとつ置いて行きたくなかった、同時になにひとつ持って行きたくなかった。犯罪にさえならないのなら全て燃やしてしまいたいほど。

「後悔するぞ、人の優しさを足蹴にして。何様のつもりだ」

背中にかかる声に返事はしない。おれはこのひとと付き合いたかった。付き合っていただくんじゃなくて、対等に、ただしく恋人として。
『可哀想なおれ』なんて張りぼてでも作ってしまいたくなかったのだ。
部屋の外には涼しい風が吹いていた。紙も木も燃やす炎のことを考えながら、すこしだけ水を溢した。



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