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創作ごった煮
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グロテスク、気味が悪い、など感じられる表現があります。
不快になる可能性があるので、気をつけてください。











今年は嵐と塩害がひどく、村の畑はほとんどが不作だった。ミワの家の畑も同様に水と塩が襲った。
そうなると、まともな働き手でないミワは家でも一人前の飯を食わせてもらえなくなった。あと二つ年をとれば町の工場に出せるものを、力のない彼女では村の仕事もうまくない。

そんなだから、腹がへっていた。

濡れた岩場をとんてん跳ねる。魚が採れたらいいけれど、潮の早いここらでミワにそれを得る術はない。かわりに、小刀で岩にはりつく小さな貝を削ぎとっていく。こんなんでも腹の足しになる。食材が増えれば比例して自分の飯も増えるのだ。

力はないが身軽な身体で、大人が通れない岩と岩の合間を抜ける。
たくさん持っていく人間が来られない場所は、ほかよりいくらか大きな貝が育っていた。潮溜まりをちらり覗いて、見つけた小魚を掬うと腰の網に投げ入れる。
ざんざんと沖の岩に波が押し寄せている。ばしゃんと跳ねた波が頬に滴を垂らし、口に入った。あと二つ年をとったあと奉公に出る工場は、塩を作っているらしい。ここらであぶれた子供はみんなそこに行く。食堂には木の魚が飾ってあって、塩の山は見せないようになっているそうだ。塩を見ると腹がへる。それを知っていたから、もっと味覚を刺激されたいと思っても海水には口をつけなかった。
もちろん、よく味わえばまずいだけだと知っていたこともある。
それに、目の前のこの水を飲んで腹を壊して、ただでさえ少ない飯が食えなくなってはことだった。

ぐいとほほを腕で拭って、また岩を掴む。髪の毛はいつもべたついて、なのにぱさぱさしている。十を越えたらそれなのに伸ばさなくてはいけないらしい、女の嗜みとかいうやつで。面倒だが、男になりたいわけでもなかったので女として生きるしかない。女として育って、いつしか結婚して、子を産む。それは放っておいた髪がいずれ伸びるとか、そういった当然の話だった。愛なんて言葉を聞いたこともなければ、考えたこともない。置き換えるなら義務や礼儀か。それならばミワにだってわかる。岩の角が足の裏に触れて小さく痛んだ。

海沿いの空には鳥が居る。

鳥も食べられるのだろうか、とミワは思った。けものはけものを食うけれど、ミワたちが食う生き物はさかなだけだ。岩から飛び出た流木と、その向こうの海月を大きくまたぐ。手のひらに藻がぬめる。この辺りから、漂着物が増え出すのだった。
潮の流れか、いくつも突出した岩が誘導するのか、海から打ち上げられるものらの位置はいつもそう変わらない。
場所によっては、潮を見誤った水葬の死体がぐちゃぐちゃのまま見つかったりする。ミワの身丈を越すような大きなさかなが揚がることもあるし、群れがまるまる座礁もした。
しかしここは打ち上がるまえにたくさんの岩に阻まれるようで、そんな大物はとんと見かけることもなかった。
流木、流木、鳥の羽、落ち葉の山に藁敷、漁師の浮きが流れ着いていたが取り逃がして諦める。代わりに目に付いた貝をひっぺがした。
小刀はところどころ錆びて、研ぎ方を知らないから刃もがたがただ。鞘に入れるときにひっかかる。それをふところになおして、また進む。そろそろ目的地に着く。

大きな岩が欠けた輪になるように並び、大きな潮溜まりをつくる場所。運が良ければ蟹や海老も拾えるのだ。黒いごつごつの岩を足蹴に進む。足元に海藻がうちあげられていて、少し迷って、捨てた。ぼろぼろじゃなくても、この海藻は食えたもんじゃない。
視界を遮る三角形の黒に捕まり、半周した。何かしら食えるさかなが居るといい、毒の針をもたないやつだ。そんな希望を抱えて覗き込むと、なんと、大きなさかなの鱗が見えた。大きい。
尾びれしか見えないが、おとなほどあるに違いない。ミワはごくり唾を飲んだ。はらが、へっていたのだ。
ぎらぎら光る鱗に、岩から滑らないことを片隅に意識しつつ近付く。ばけものの大きさだ、それだけ腹が膨れることを想像して頬が緩む。しかし、それはほんとうのばけものだった。

尾びれの先には鱗、優美なまるみとまっすぐの横びれ。そこから上がった先にはなんと肌色の、鱗のない、自身と同じ質感が続いた。大きなさかなに食われているようでもあるが、はだかの女とさかなは見事に繋がっている。

人魚。

ミワは目を擦った。確かだ。確かなばけものだ。

人間の部分は岩のせいか、擦り傷と青あざだらけ。海に生きるものだからか、肌はふやけてもいない。顔はすっかり潰れてしまっていた。柔らかい部分がこそげている。視線を逸らすか迷って、ミワは始めと同じさかなの部分を見つめた。

下はんぶんは、さかななのだ。
そこだけならば。
凹んだ腹がきゅうと鳴った。腹が、へっていた。へっていたのだ。
こわごわと動かした腕は、小刀をとらえていた。こぼれきって椿の葉も裁断できない刃でも、突きたてれば魚の身を切れる。
人魚の身体はほとんど岩に乗り上げていて、幸い近づくのに苦労はなかった。
鞘を外した。鳥の声がした。まだ気付かれていない、腹を減らした鳥が群がる前にとミワは冷たいそれに手を触れた。薄い鱗だ。きちんと剥がしたほうがいいのだろうが、手のひらほどもある鱗は数枚で厄介に思われた。
剥がしたそれも、これだけ大きい。何かに使えるかもしれないと持ち帰ることにして、つるりとした腹を見る。
ひとの身体は横長だから、全体はかさごのように丸くふくれている。
これは大きなさかな。さかななのだ。
目の前だけに集中してミワは逆手に小刀を構える。右手で、左から右に。ぶつりと皮に穴が開き、白い身が覗き、裂ける。内臓は人体と魚体のどちらに?
片手では動かなくて、両手で掴み直し引きちぎるが如くに引く。ぶちぶち。全体重でようやく切れ目が入ってゆく。
素直に切れてもくれないので、ぎざぎざの刃を鋸のように動かしては切り進めた。潮溜まりに魚が跳ねる。ここの潮溜まりは広すぎて、素早い小魚を掴み取ることはできない。空は青く晴れている。雲の切れ端のような白が、沖に向かって飛んでいる。
しばらく一心に作業をこなしていたが、突然ふっと手ごたえが浅くなる。小刀は、抜けていない。少し首を傾げて、そろりそろりと刃を動かした。
ある程度まで一本の線を書き終え、海水で汚れた刃を洗いそのまま鞘に入れてしまう。これも錆の理由だが、布で拭いたくもなかった。村に戻ってから藁でぬぐうのだ。
一度汗を払ってから、人魚の背に回ってミワはその切れ目に手をかけた。手ごたえが浅くなったあたりだ。
意気込み目を閉じ、ぐっ、と、上に開く。切れ込みの入った半身だけが持ち上がり、ミワに近いそれはさかなの姿そのまま。持ち上げて、中身は内臓かと目を開いた。しかし予想とは違っていた。

金色のぷつぷつした丸いものが、たくさん詰まっている。

これは。
まじまじ観察して、一度上半身に意識を向けた。卵だ。

人魚の卵を、ついぞ見たことはない。

しかしその胎に収めているのだから人魚のものに間違いない。これをそのものそのまま権力者などに渡してやれば大金が貰えたろうに、ミワにそんなことを思いつく頭はないから、うんとがっかりさせられた。
卵は栄養価が高いぶん、虫やらなにやらがやたらに湧く。半身がこれだけ打ち付けられているのだ、この卵も多く割れているに違いない。
生臭いだけでわからなくとも、きっと腐っているだろう。開けた腹を元のように閉めて、塩水で手を洗い今度は生きた別のえものを探した。徒労だった。
ここにあっても邪魔なので、沖に流れる波を見計らい石で海に突き落とした。
いくらか零れ落ちていた卵を見て、これで魚の罠が作れたかもしれないと少し後悔したが、目の前から姿を消したことで少しばかり取り戻した冷静さで不気味なようにも感じた。
人魚の鱗はどうしようかと迷うもそのまま持ち、貝を剥がすためにまた小刀を取り出した。鳥が向こうの海面に集まりだしていた。さかなの群れか、もしくはあの人魚に食いかかっているのかもしれない。


あとになってみれば、もう何枚か鱗を剥がしておくべきだったかもしれないと思う。なんの役にもたたないと母親には捨て置かれたけれど、その後町ではきれいだと高く売れたので。




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