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創作ごった煮
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タカとオムライス




 タカの家のオムライスは、薄焼き卵の下に目玉焼きが隠されている。そんなことを、目の前に佇む大きな一つ目入道を見つめながら思った。今日の給食もオムライスだった。その玉子と同じ色のぱさぱさの髪が大きなオレンジの目玉を覆っているのは、オムライスによく似ている。見上げていると首が痛くなり、それの後ろに伸びた長い影を想像するように足元に視線を移す。背だけではなく横も太いせいで、塞いでいる道にタカが通れる隙間はない。
 しばらく脇道のないところを歩いてきたから、迂回にもだいぶ戻らなくてはいけない。オムライス入道は一言もしゃべらなかった。タカははあとため息を吐いて踵を返した、戻らなければ帰れない。
 日が傾いたあと、暗くなってから家についたら怒られるだろう。母親のことは嫌いではないが、ヒステリックな高音で怒鳴られるのはだいきらいだ。家族仲は悪くないけれど、心配性で声が高いのだけはいただけない。先ほどより歩速を早め、車のない道路を踏む。ざり、後ろから砂利の擦れる音がした。オムライス入道がついてきている。
 タカは日が沈むまでの短いあいだ人ではないものが見えるが、それがよいものか悪いものか判別はつかない。喋り口調が怪しい、とか、動きが怪しい、とかなら警戒もできるのに、オムライス入道はじっと黙ってオレンジの目を向けてくるだけだ。

「あんた何者? わたしはタカ」

 タカの本名はタカではない。祖母のいいつけを守って、この時間帯にだけこう名乗る。なんでタカなのか、知らなくても気にはならなかった。タカ自身にも『タカ』なら大丈夫なようなふしぎな気持ちがするから使う。
 オムライス入道を振り返ると、それはそれの立つ道のわずかな隙間を左右に動いてふさいでいた。揺れている。まん丸い目はまっすぐに此方を向くだけで歪みもしない。

「名乗ったんだからなんとか言ったら」

 ぐらぐら。揺れるそれを睨みつけ、ふと気付いた。オムライス入道には口がない。ならば返事もないのは当然だった。
 アニメ映画の白い仮面に黒い体の存在みたいに、胴体に口ががばっと現れてきやしないだろうか。期待に近い不安感で見やってもやはりオムライス入道は揺れながらこちらを見るだけ。
 どうせタカに見えるのは短い時間、日が沈めば居なくなる。見えなくなるだけなのだとしたって、どうせ感知できないなら居ないと同じだ。だから放っておいてもいいけれど、気になるものをそうするのは居心地が悪くていやだった。
 そこに居るだけならば避けるけれど、ついてくるなら退けよう。これが家の前に鎮座するようになったら、考えるだけで邪魔になりそうだ。そんなに頻繁に見ることになれば、ときどき聞かれる夕食のリクエストにもついついオムライスと答えてしまうだろう。食べ物と認識が繋がってしまえば、目玉焼きからこれの視線を思い出してしまうことにもなりかねない。
 見えないが耳はあると信じて、周囲のひと気に気を配りつつ腰に手を当てた。

「ついてこないで」
「そうそう、『タカ』に手を出しちゃあいけない」
「…………は?」

 オムライス入道は喋れない。勢いよく振り向くと、ランドセルの中で教科書が暴れた。しかし誰も居ない。
 若い男の声。この時間だから、また変なのが現れてしまったんだろうか。タカを『タカ』だと知っているなら悪いことにはならないだろう、きっと。
 これらよくわからないものに関して、タカは祖母の言葉だけを頼りにしていた。祖母が『タカ』なら平気だと言うから、平気なのだ。
 今度は後ろだけでなく、上下左右をぐるり見回す。
 居た。
 どこか浮世離れした男が、塀の上にしゃがんでいる。
 襟巻に羽織を着た和装、しかし髪色は出涸らしのお茶のような緑をして、長い前髪からはぎらぎらの黄金の瞳が覗いていた。あまり歳上の男の年齢に詳しくないが、成人は越えているだろうと思う。
 タカが『タカ』と名乗らなければならない──つまり人間でないことは察せたが、タカの今まで見てきた中でも飛び抜けて人間らしい。小学生らしい彼女の警戒心は、明らかに人外の形態をしたオムライス入道でなく、この男に強く反応した。
 まったく違うものより、かえって少し違うだけなときに特異は際立つ。
 塀の上をねめつけ、ランドセルの肩紐を強く握った。男はオムライス入道からタカに視線を移し、にんまりと笑う。猫のようだ。

「あんた何」
「さあてね、好きなように呼んでよ、『タカ』。」

 細められた目は、長い前髪に隠れて見えない。オムライス入道はぐらぐら揺れて、影は少しずつ他に飲まれている。
 タカは少し悩んだ。好きなように呼べというのは、名前をつけろということだと思ったからだ。
 和服、お茶っ葉の髪、猫のような雰囲気。しかし、名前をつけるならちらちら見える目からだろうとなんとなく感じた。綺麗な目だった。
 隣の大きな一つ目も、似た色をしている。なのに、男のそれは卵に見えない。

「じゃあ、『ミツ』」

 蜂蜜みたいな色、と思って口にすると、男はなぜだか驚いたように、髪の隙間から見える黄金色を増やした。それから笑って、ミツ、ミツね、と繰り返す。
 ぱっ。
 街灯が灯る。空はほとんど赤を失って、オムライス入道は空気に溶けるようにゆらり消えた。これで着いてこないかわからなくなってしまったが、真っ直ぐに家まで戻れることを考えると良かったかもしれない。
 男はそう立ち消えない。夜になるのに。
 こういうものがいる、と、祖母は言わなかった。祖母に教わった以上のことを知る必要があると思ったことはなかった。心の底に少しの興味。満たす方法が無くて無視してきたけれど、真昼の月のようにあり続けている。
 タカは男に、ミツに声を掛けようと思った。それより先にミツが話し始めた。

「よろしく、タカ。君はどうやら機運を掴む。」

 へらっ。なんだか嬉しそうに笑うミツは、返事を待たずに忽然と姿を消した。太陽は残滓も夜に飲み込まれていた。何もいなくなった塀と、道を見て、タカは唇をとがらせる。意味がわからなかった。

「キウン、って何?」

 タカはまだ、小学生なのである。







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