創作ごった煮
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心ってどこにあると思う、一倉。
扇谷さんは二時間目に提出だった理科総合のテスト直しプリントをやっていて、私は委員会のプリントを折っていた。ふたりきりだった。委員会の相方は始業式に出たきり教室には来ていない。
彼女の席は私の三つ隣、二つ前で離れていたけれど、いつもよりふたつくらいキーの下がった声はよく聞こえた。
グループが違う彼女が、ふたりきりとはいえ話しかけてくるなんて思っていなかったから、ぱちくりと目を瞬かせるしかできない。扇谷さんは振り返らずに、細い紫かピンクのペンを動かしている。
「こころ?」
「そう。どこにあると思う」
いつもの高い上ずった声より、こっちの方がずっといいな。少し責めるみたいに、投げやりな口調が、彼女の本性だろうか。
ああ、でも、前に彼女が弟と話していたときは、もっと楽しそうだった気がする。どうでもいい、だけだろうか。
「脳、とか?」
われながら、つまらない答えだ。扇谷さんはペンを止めないし、私もプリントをまた折り始める。
扇谷さんは、だよね、と軽い同意をした。
「あたしは、お腹にあると思うんだ。なんか話すときって、脳から、一度お腹を通ってる気がする。肺じゃなくて、胃に近くて、みぞおちの辺りの」
「おなか」
「ヘンかな」
どうだろう。だって正解は知らない。
愛も正義も幸せも、形のないもの代表格が「人それぞれ」で「正解はない」んだから、こころも同じようにどこにあるかわからないものなんじゃないのかな。わら半紙に安いインクの指紋が残って、反射的にこすったけれど消えない。
扇谷さんのテストの点は、何点だったんだろう。あといくつ直す問題があるんだろう。
「悲しいとき、すごくね、そういうときって、その辺り痛くなるよね」
ピンクみたいな紫のペンのキャップをしめたのが見えて、思わずそう言った。
思う、気がする、思わず。思わず言った言葉には、こころがあるだろうか。
扇谷さんは、ペンケースから、黄緑色のペンを出す。相変わらず細いペン。一度だけ同じものが私のペンケースにも入ってたけど、すぐにインクが詰まって使えなくなった、かわいくて安いだけのペン。
「泣いたときとか?」
「泣いたとき、うーん、違うかも。悲しいじゃなくて、もっと、辛いかんじ」
「あはは。わかってる、てかわかるし」
そうだね、その辺りかもしんない。扇谷さんが、そういうふうに、声だけで笑うのを初めて聞いた。
顔が見たいな、と思った。思ったのは脳だった。三つ隣で二つ前の席の顔は見えない。
もし、もしもこころがほんとにその辺りにあるなら、思考にきっとこころはないんだろう。誰が傷ついても、思考の中なら構わないって皆が思っている。口に出す前に、ようやくこころのフィルターを通すのだ。
指が真っ黒になって、プリントは残り一枚になっていた。扇谷さんはペンを止めなかった。最後の一枚を、端と端を綺麗にあわせて、ゆっくりと折っていく。
お腹のまんなかにこころがある。
そう言われれば、そんな気もした。体を丸めたときのいちばん内側。傷つかないように膝を抱えたときに、守る位置だ。
折り終えたプリントを、綺麗に重ねて持ち上げた。ペンはまたピンクみたいな紫色になっていた。
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