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創作ごった煮
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タカとくつひも





靴ひもがほどけた。と言うと、また結べばいいだろうと思うかもしれないが、タカの靴ひもはすっかり糸くずに変貌していた。千切れたのでもない。砂が落ちるように、はらはらと崩れ落ちてしまった。靴ひものないスニーカーは、借り物のサンダルのようである。
はじめから結ばれていた紐だから、それを気に入っていたのではない。失くなったのは惜しくないが、家に帰るのもたいへんになってしまった。放課後でよかった、タカのクラスは、今日、体育があった。こんな靴では運動場を走れない。
ほどけた糸くずをこのまま捨て置くか拾って帰るか迷って、道端に落ちた空き缶を見てそのままにしておいた。どうせ赤くなった空の下では全ては拾えまい。糸くずは風に乗って、この靴を留めるより遠くに行くだろうか。
くつのベロに足の甲が当たり、かかとが靴からはみ出す。いつもよりも影と足が近い。
そうやって慣れない速度でゆっくりゆっくり歩いていると、車の通れない道でそれにも匹敵するような速さをもって向かってくるものがあった。自転車だろうか、それともオートバイ?道の端に寄りながら目を凝らす。丁度背中に太陽を背負ったそれはきらり光る。あっと言う間に近付いて、タカはそれが馬だったと気が付いた。橙色を受けてもわかる純白。母親が大事にしていたシルクのハンカチよりもきれいで、テレビで見た芸能人のウエディングドレスほども艶やかな毛並み。思わず立ち止まって見つめる。
馬も、走りながら、タカの顔を確かめるようにじっと視線を向けていた。黄昏時は、誰そ彼の時ともいう。視線は、タカが知り合いではないか慎重に見極めていた。馬は結局速度を緩めることもなくタカの隣を過ぎ去った。あっという間の出来事で、車や電車よりもよっぽど光速に近かったのに、タカが感じたのはそよ風だけだった。
消えた馬の背をじっと見つめたまま、タカは立ち尽くしていた。馬が来て去っていっただけなのに、三時間もある映画を夢中になって見ていたときのような不思議な気持ちだった。あの馬がなにか、どこへ向かうのか、なにを探していたのか……。タカは知っているような気がしたのに、考えようとは思わなかった。
ふっと顔に影が落ちて、タカはもう一度太陽に顔を向けた。女が立っていた。先ほどの馬とは似つかない、それでも美しく白い服を着た透けるような肌の女だ。
逆光だが、女は影がかかるほど近い。黒い眉も赤い唇も、タカにはきちんと見えている。タカはクラスの背の順なら後ろから三番目で大きいほうではあるが、母親と比べればまだ小さい。女はタカより少し、クラスでいちばん背の高い女の子よりもうちょっと背が高いくらいで、タカの知る大人の女性よりは小柄だった。

「あのひとが通らなかった?」

怯えるような、震えた声だ。喉を震わせて、ようやっと音にしている。タカは女の言う「あのひと」に思い当たれず、しばし逡巡。それから、もしかしたらと口を動かす。

「あのひとって、白い馬のこと?」
「ああ! それじゃ、この道を通ったのね!?」
「ついさっきね、誰かを探してたみたいだったよ」
「ほんとう? すぐに追わなくちゃあ、ごめんなさいね、お礼もしたいのだけど」
「気にしないで。すごいスピードだったから急いだ方がいいよ。」
「ありがとう」

ぱあと顔に喜色を浮かべて、女は白いワンピースを翻した。夕陽の光の強さを奪うように、その声は強さを増していた。すぐに立ち去り追わねば間に合わないのに、女はもう一度裾を回す。

「あなた、名前は?」

「タカ」

それだけ答えると、タカは女に背中を向けた。女も今度は振り返らずに進んでゆく。すこし歩いて一度後ろを見る。真っ直ぐ伸びた道はもう夜に飲まれて女の白さえわからなくなっていた。きちんと会えるのだろうか、ふたりは。答えを知ることはないだろうといつものように帰路を辿る。もうタカは暗くなるまで外に居られる。
ふと足が軽くなった気がして視線を落とすと、靴に流れ星の尾のような美しい白い紐が結ばれていた。







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オシラさま。
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