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創作ごった煮
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「は、オーディション……ですか」

うららかな日曜日の午前。和樹は徹夜明けのぼさぼさ頭をそのままに、自身の所属する大学の学長の前に立っていた。

学長室は、和樹の常駐する研究室とは違い、整然としていて、落ち着いていた。革張りのソファと、黒光りする机、それから何故か鹿の頭の剥製。和樹はソファではなく、学長の机を前に立っていた。
汚れた眼鏡越しに、学長がふむと唸った。隣には研究室の教授も居る。
言われた言葉に現実味がもてないまま、和樹は(学長ってこんな顔だったのか)と思う。入学してから6年が経つが、顔を見るのは初めてかもしれない。入学案内のパンフレットは見なかった。

「君の専攻は異世界だったろう。悪い話ではないと思うがね…」

「そりゃあ興味はありますが、」

困ります。頭を掻いて、学長を見下ろした。

異世界に関する研究は、まだ手探りの、未発達の分野である。それというのも、平行世界の存在が確実になったのは、つい30年前。
それは世紀の大発見と呼ばれ、世界中が震撼した出来事であった。まだ、異世界など存在しないという人間も多い。
平行世界はかねてから物語や虚言の類として扱われてきたが、それらに真実が混じっていた可能性も出てきている。
存在が確認されたその世界は「幻燈世界」と呼ばれ、現在も研究が進められている。しかし、その成果は30年前と殆ど変わりを見せていない。

今回和樹が持ちかけられたのは、その「幻燈世界」への研究チームのオーディションの参加だった。
異世界研究分野をウリにしたこの大学が、そのオーディションに参加しないわけにはいかない。それでなくとも、幻燈世界での公用語は日本語とよく似ている可能性が高いと言われ、異世界研究には日本も力を入れている。
和樹は特別頭が良いわけではないが、大学の4年間、そして大学院で2年間専門的な学習をしているし、体力がある。大学から代表として出すのに問題は無かった。世界的なチームになるため、英語が流暢に話せることも必須項目だ。

研究チームの末端といえ、とてつもなく名誉なことである。和樹にとっても嬉しい話ではあった。しかし。

「残念ですが、できません。」

きっぱりと言うと、理由を求められる。もちろん、和樹だって言わずに済むとは思っていない。
少し気まずげに視線をずらして、「ええと」と呟いた。

「妹と、二人暮らしをしているんですが。親が早くに他界しているので…。で、生活費なんかは遺産とかで問題ないんですが、実は、妹が最近精神的に、あの、不安定といいますか。研究チームに入ることになると、なかなか家にも帰れなくなるでしょうし。あんまり長い間目を離すと、ちょっと」

申し訳ないのですが。
そんなにひどいのかね。言われた言葉に、ゆっくりと頷いた。医者にも、できるだけ目を離さないよう言われていた。研究で遅くなることも、間々あるけれど。
学長と教授は残念そうにひとつ頷いて、和樹は礼をして学長室から立ち去った。廊下に出ていつもの通りに息を吸うと、肺にこもっていた空気が冷たく入れ替わるのを感じた。

幻燈世界研究チーム入りのオーディションには、同じ研究室から一つ下の人間が出たが、あえなく落選に終わった。




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