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創作ごった煮
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クーラーのない教室に吹くのは、涼しさとは縁遠い熱風。
まばらに人が残る放課後、石花(せの)はぐたりと机に伏していた。


「水…水が足りない…」

妖怪のように呟いた言葉に、三朝(みささ)はきょとんと石花を見る。


「水?飲む?」

そして、先程買ってきたばかりの、ミネラルウォーターのペットボトルを差し出した。夏の暑さを物語るように、ペットボトルには大量の汗。三朝の手も濡れていた。
石花はそれを一瞥しただけで、受け取ることもせずにまた顔を伏せる。アブラゼミの声が増して、対抗するようにミンミンゼミも声をあげる。蝉が、窓の外で騒がしく鳴いていた。

「飲まねぇの?」
「ミサの飲みかけだからなあ」

カララ、軽い戸の開く音と共に入ってきた友人を、二人は見る。片手に一枚のプリントを持って、吉崎は笑った。

「吉崎おせーよ」
「悪い悪い。」

担任と話し込んじゃって。悪びれる様子もなく、吉崎は鞄にプリントをしまう。

「どーせ職員室涼しいからくつろいできたんだろ」
「あっ、バレた?」
「え、吉崎ずりー!」

いいなあ、とこぼす三朝のペットボトルを奪って、吉崎は口をつける。

「あ!ハル、水いいの?」
「いらねー」

それを見て、三朝は石花が「水が足りない」といっていた事を思い出したが、いらないらしい。
三朝は再びきょとんとして石花を見た。

「なに、せのも水飲みたかった?」
「いらねーって」
「いや、ハルが水足んないって言ってたから」

半分以上入っていた水は、吉崎が口から離す頃には残りわずかになっていた。
それに詫びることもなく、吉崎はふぅんと呟いた。

「まあ、せのの水にはこれじゃ足りないよな」

軽くなったペットボトルをくるくると回す。あと一度飲めば、ゆうに終わりそうな量。石花は、答えるのも面倒そうに「ん」とだけ言った。

「足んないってなに?1Lとか飲むの?」

会話に付いていけていない三朝が、答えを求めて吉崎に向く。
その質問に、吉崎は意外そうに丸い目をしばたかせた。

「ほら、せの、水泳部じゃん」
「?うん」

県下では大したことないが、石花が水泳部で、学校で1番速いのだということは、三朝だって知っている。授業でも何度か見たし、フォームが綺麗だと褒められていた。
だがそれがなんだと言うのだろう。合点がいかない三朝は、吉崎が続きを話すのを待つ。

「…だから、泳ぎたいって話だろ?」

ここまで言わないとわからないのか、と呆れたように吉崎は言う。三朝はそれにいささかむっとして、「水泳部なんだから泳げばいいじゃん」と答えた。
伏せていた顔を上げて、石花が答える。

「先週から、プール改装工事してんだよ」

水泳部の中でも1番速い石花だが、県に出られるほどではない。彼らの高校の水泳部は、けして活躍しているとは言えない成績であった。
それもあって、夏休みの始まる前から、夏休み中、プールの改装工事をするという。
HRでも体育の授業でも再三繰り返されたことだが、三朝は初めて聞いたかのように驚いた。

「えっ、じゃあプール入れねぇじゃん!」
「だから入りたいんだろーが」

二人が、呆れたように三朝を見る。呆れたようにというか、心底呆れていた。

「体育とかどうすんの?」
「来週で学校終わんじゃん、体育ねえよ」

会話を続ける吉崎と三朝を一瞥して、石花ははあとため息をついた。

「泳ぎてー…」

蝉の声が響いて、汗ばんだ肌に滴がさらに伝う。
石花は、透明なプールの中を思った。乱反射するひかり。泡。誰もいない場所。
同じ濃い密度を纏うなら、やはり水の方がいいに決まってる。

「せのー、夏休み入ったらプール行こうぜ。市民プール」
「半日の日じゃちょっときついけど、一日じゃ平気っしょ」
「あー…」

市民プールは安いし、案外豪華で、人も多い。
家や学校からは遠いのが難点だが、いい遊び場である。

しかし、石花は返事を渋った。
彼らの市のプールには、流れるプールも、ウォータースライダーも、波の起きるプールもある。そして、石花のように延々泳ぐためだけのプールも。

いつもなら迷いなく答えるだろうそれに、しばらく間が空く。苦い顔の石花に、吉崎と三朝の二人は首を傾げた。

「なに?海のが良い?」
「あー海もいいなあ」
「違くて。夏休み入ってすぐ、親戚の家行くんだよ」

しかも、夏休み中ずっと。
石花は、苦笑いをして言った。
その親戚の家は遠く、ドが付くほど田舎だと言う。

「なんか絶対行かなきゃいけないっぽくて」

絶対プールも無い。
言い切って、はーあ、と、また深いため息。
石花が泳ぐことが好きなのを、二人はよく知っていた。苦笑いを零すしかできない。

「ま、じゃあプールは帰ってからのお楽しみだな」
「ビニールプールとか水風呂で我慢すんだな!」
「他人事だと思って…」

言いかけて、そうか、二人はプールに入れなくても問題ないのだと気付いた。
南向きの窓も、夏の真上の太陽では直接の光は入らない。蝉が鳴いていた。
木の緑に、影が深く落ちている。良く似た影を、夏に似合わぬ陰湿さを滲ませて、石花はそれを空気に溶かすように吐き出した。

「あっちいなー」
「もうちょっとたってから帰ろうぜ」
「溶ける…」

三朝は、残り僅かのミネラルウォーターを口に運んだ。表面に付いていた水は既に消えて、中身もすっかり温くなっている。
アブラゼミの声が、一層酷くなったように感じた。溶けるような暑さは、まだ本番を迎えていない。



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