創作ごった煮
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死んだ誰かの分まで生きるとか、無駄にした今日は誰かの生きたかった明日とか、そういう言葉が嫌いだ。残した食事を食べられなかったこどもがいるとか、そういう考えが嫌いだ。
本条が死にたがっていると言うと、その分生きたかった人間がいるのに、そんなことを言うもんじゃない、と窘める人間がたまに居る。見ず知らずの相手のためにどうして自分が我慢しなければならないのか、その我慢が相手に届くわけでもないのに。
飢えたこどものことを考えて満腹を越えて食べるより、その食事がこどもの元に届く手段を考えていろ、と思う。こどものためだと言うのなら。同様に、生きたかった誰かの分まで生きろと言うならこの命を誰かに分け与える手段でも見つけてくれと思った。虫を食って辛うじて生き延びる存在のために害虫を殺すな、なんて、害虫に悩まされても思わないくせに。十日に一度の飯を抜いたって、その分で世界は均されないだろう。
しかし気に食わないながら、何度も言われたその考えがどこか根付いていたのだろうか、と、知らない少女を屋上の床に引き倒しながら眉をしかめた。
本条には喫煙習慣がある。この程度の習慣で肺でも患えればと始めた。そのためビルの屋上に上がってきたら、この少女が柵を越えようとしていたので無意識に掴みかかっていた。
黒髪のおかっぱ、見覚えのない制服。といっても、本条に覚えがある学生服はひとつしかないのだが。別にこれの学校なんてどうでもいい。
理解が追いつかずぱちぱちと瞬く少女を、睨みつけながら腕を離す。砂埃の溜まるコンクリートにざりりと手をついて、それから少女は本条を見上げた。
強面の大男、髪は深い赤色で不機嫌。
大抵の人間はすぐに目をそらすのだが、少女は珍しいことにキッと目尻を釣り上げ睨みつけてきた。ほお。感心するが苛つくことに変わりない。
「なんで止めるのよ!」
「イラついたから。」
「はあ?」
あたしの苦しみもしらないくせに、正義漢ぶってんじゃないわよ、なんて言おうとしていた言葉が詰まる。死んじゃあいけない、なんて優しい言葉を期待していたのだろう。
本条は他人のために他人を助けない。そんなことはとっくにやめてしまった。だから少女の飛び降りを止めたのも、もっと自分勝手な理由だ。
俺は死ねないのに、ほいほい死ねるやつがむかつく。
少女はおそらく死ねただろう。少女が生きようが死のうが苦しもうが、本条には興味ない。
自分ができないことをやすやすと行える、嫉妬と苛立ち。それが死ぬ行為というだけだった。
それに、他人の分まで生きる思想。もしも死んだ誰かの分だけ生きさせられるなら、本条の強靭すぎる命の所以は、こうやって人生半ばで逃げ出したやつの残りのような気がする。
知らない人間の食い残しを、無理矢理押し付けられている。
根拠も真実味もなく、命の押し付けができるだなんて思えないが、思考に過っただけで苛つくに充分。
こんな女のせいで、また死ねない。その可能性に、本条は今度こそ本気で少女を睨みつけた。少女の威勢が削がれ、肩が揺れる。強い視線が揺れ、怯えに染まり、逸らされた。涙目で怯えきって、顔をあわせまいとするくせに睨み返してこれる存在を知っている。
あれが手を出してくれたら、こんな苛つきを感じる必要もないというのに。
思い出した姿に舌打ちして、少女が越えようとしていた鉄柵を殴りつけた。目の細い鉄柵たちは、力に逆らわず柔らかに曲がる。ヒッ、細く甲高い声に視線は戻さない。
すっかり煙草を吸う気が失せてしまった。青いパッケージを握ると、潰れた紙巻きから茶色い葉が強く薫った。
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